作品展に想う
中井貞次
戦後間もない昭和25年、わが国に新制大学制度が施行され、京都市立美術専門学校が京都市立美術大学に昇格した年に工芸科に入学し、3回生より染織図案専攻に進み、卒業、更に専攻科を修了後、研究室は工芸科図案専攻の助手となった。以後、講師、助教授を経て芸大デザイン科教授として41年間、まさに大学人として自由に研究と教育に勤しんだ。考えてみると、この間の様々な経験が私の作家としての幅を育んでくれたと思う。即ち、学生時代より蝋染の小合友之助、型絵染の稲垣稔次郎両教授より得難い薫陶を受け、一方、研究室に入ってからは上野伊三郎・リッチ両教授のもと、ヨーロッパの世紀末から20世紀初頭にかけてのウィーンを中心とした美術・工芸・デザイン・建築の生き生きした情報をもろに享受することができた。
大学生活の中で2年間は海外研修に果敢に挑み、思わぬ成果を収めることができた。
1961〜1962年にかけて、わが国工芸の源泉としてのペルシアを中心に、西はギリシア、東はインドまで、中東諸国を4万キロにわたり陶磁器専攻の小山喜平助手と2人で横断踏査、厳しい高原と砂漠、乾燥の中東諸国の自然と民族、民族と宗教、宗教と美術をその国々の風土の中に体感できたことは無類の経験となった。イスラム教美術の拠りどころとなる風土、そこに開花したアラベスク文様を考えるとき、まさに工芸における風土の重要性を痛感する。爾来、私の工芸に対する思考の原点はここにある。
1974〜1975年にわたり文化庁在外研修員として1年間、ヨーロッパを3万5千キロ走破、イスラム教美術が8世紀にイベリア半島に上陸し、キリスト教美術と混淆、ムデハル、モサラベの両様式をヨーロッパ諸国にもたらした。その実態を手仕事から建築に至るまで多角的に研修できたことは何よりの収穫であった。また、僻地に点在する染織、刺繍、レース等の産地や工房を訪ねると、そこには中世そのままの修道院があり、羊や牛を飼って搾乳し、更にチーズを熟成させ、毛は紡いで衣服を織る。葡萄栽培からワイン造りまで全て手仕事による生産形態が、今なお興味深く見受けられた。修道院の一角には素朴なロマネスクの礼拝堂が存続し、建築様式、内部装飾にはフレスコ画が描かれ、その表現の素晴しさの虜となった。一方、伝統的な工芸技術に関しては、マイスター制度による確かな継承を各地に点在する城館の一角などに垣間見ることができた。
結局、帰国後、ヨーロッパにおける「混淆の美」「タピスリーの美」「ロマネスクの美」という3巻の著書を淡交社より上梓するに至った。
私は、この2つの海外におけるフィールドワークを通じ、東西文化の交流の実際は勿論、都市空間、生活の場における美術、工芸のあり方など幅広く研修ができたことは何にも代え難いものとなった。
一方、制作発表は、あくまでも蝋染による作品を日展、日本現代工芸美術展に65年間出品し続けている。端的にいえば、染色でしか表現し得ない独自の作品を創り出したいということである。とくに、あの苛酷な風土の中に醸成されたイスラム教美術に大きなショックを受けた者にとっては、それとは全く異なったわが国の四季の変化に富んだ湿潤な風土に培われた固有の伝統文化を基盤とした美術、その中に新しい工芸の新地開拓を目指したいと思う。
兎角、芸術はイメージの創造である。一作一作毎に新しいイメージの表現を志向しながら制作に臨みたいものである。
工芸には前提として素材があり、その素材を通じて創り手の内部にあるイメージの世界を独自の技術を駆使し表現することにある。
それには、対象に向っての物の見方、捉え方、創り方がなければ独創的な個性ある表現にはならない。ことに染色による表現には、或る種、抽象表現としての文様化への切り込みが大きな意味を占めると思う。考えてみれば、わが国の美術全体の歴史を通じ意匠性というものは非常に重要な役割を果してきた。
また、技術は表現をするために必要なものであるが、技術が主体となることは避けたい。「誰にもできる技術で、誰にもできない表現の世界を」と学生時代より小合先生に諭されたものだ。技術ばかり見えて、肝心の表現の見えないのは物足りない限りである。
また、素材>創り手>技術という相関関係のもとに、工芸作品は創出されるべきである。即ち、あくまでも素材が活かされていてこそ工芸美の醍醐味を味わうことができる。
振り返ると作品のテーマも、中東シリーズに始まり、火山、桂林、沖縄、屋久島、エコロジー、樹林・森シリーズなど、その時々に従いテーマの変遷があるが、一つ貫かれているのは藍を基調色とした色彩による構成である。これは偏に、わが国の自然風土に宿る藍のグラデーションに基因するものである。
いずれにしても、次作にわが代表作を求め制作を続けるためにも、来し方を機会を捉え、反省の上に制作を推し進める以外に道はない。
今回、染・清流館というわが国稀有の染め専門の美術館における作品展の機会を与えていただいた小澤淳二会長はじめ関係各位に改めて深甚の謝意を表するところである。また、本展覧会に所蔵作品をお借しいただいた関係各機関の方々に、心よりお礼を申し上げる次第である。
そして、染・清流館において新しい加藤類子館長のご監修のもと、回顧する自選の作品展が開催されることは至上の喜びである。また、作品展図録には冒頭にご体調をおして玉稿を賜り、重々深謝すると共に、今後への制作の資として一層の研鑽を積む所存である。
メージを染める— 中井貞次の世界 — 展
会期 2019年1月18日[金]〜2月17日[日]
会場 染・清流館
主催 染・清流館、京都新聞
後援 京都市立芸術大学美術学部同窓会