伝統音楽の魅力を探る・レクチャーコンサート Vol.8

雅楽はおもしろい

〜不思議な楽器たちが織りなすアンサンブルの妙〜
2012(平成24)年12月11日(火)


<ご挨拶>

 本日はご来場いただきありがとうございます。
 日本の伝統音楽を多くの人々に知っていただき理解を深めていただこうと、平成一八年に始めました「日本の伝統音楽を探る レクチャーコンサート」シリーズも本年で八回目を迎えました。
 これまで、地歌、謡曲、琵琶楽、歌舞伎の下座音楽、文楽・義太夫節、常磐津節、筝曲の七分野の公演を行い、斯界を代表するご出演者と学術面からだけではなく演奏の現場もよくご存じの先生方に構成・解説をご担当いただき、大変分かりやすいと好評を博してまいりました。
 また、関係各位のご理解を得てその舞台を上映可能な映像として残すこともできました。貴重な財産と言えるこの映像を一昨年にはCS放送の伝統文化専門チャンネルから放映いただき、多くの方々から評価をいただきました。せっかくの貴重な資料でありますこれらの映像につきましても今後何らかの形で社会へ還元できないかと考えております。
 このシリーズは常にご専門の方々に大変なご尽力をいただき、また観客の皆様等多くの方々のお支えを得て現在に至りました。ここに改めまして初回からご共催をいただいております真如苑はじめ、関係各位に厚く感謝申し上げる次第です
 さて、今回の「雅楽はおもしろい」は構成・解説に日本の宮廷音楽〈雅楽〉がご専門の神戸大学の寺内直子先生をお迎えし、演奏は小野真先生(相愛大学准教授)を代表として、大阪を中心に活躍されていますメンバーで「玅音舎」を結成していただきご参加いただくことができました。ベストメンバーで素晴らしい舞台をつくりだしていただけることと期待しております。
 最後に、今回も多くの方にお申込をいただきましたが、大幅に定員を超えて抽選とせざるを得ませんでした。多数の方からご応募いただいたことへの感謝とともに、ご参加いただけない方には大変申し訳なく存じております。先ほど申し上げました映像記録の活用方法も含めて、関係者ともよく相談をして何らかの対応を検討してまいりたいと思っております。どうか、今後ともますますご支援ご鞭撻いただきますようお願いいたします。
 それでは間もなく開演です。どうぞ、最後までゆっくりとお楽しみください。

京都和文華の会   代表 早川聞多

プログラム

1・主催者挨拶
2・解 説 ①雅楽とは ②個性的な楽器たち
3・楽器を聞いてみよう
4・唱歌を歌ってみよう
5・管絃演奏 〈音取〉〈越天楽〉残楽三返
  休 憩
6・解 説  いろいろな演奏法、いろいろなリズム
7・演 奏 ①〈太食調音取〉〈太平楽急(合歓塩)〉(舞楽吹)
8・演 奏 ②〈抜頭音取〉〈抜頭〉(舞楽吹・夜多羅拍子)
           (司会  南端 玲子)


出演者

  玅音舎(みょうおんしゃ)
   小野 真  (鞨鼓)
   坂井潤子  (龍笛)
   塩田隆志  (笙)
   新発田恵司 (笙)
   髙木了慧  (楽琵琶・篳篥)
   多治見真篤 (鉦鼓)
   中原詳人  (龍笛)
   林 絹代  (楽筝・笙)
   前川隆哲  (篳篥)
   吉光信昭  (太鼓)
   吉本乘亮  (篳篥)
  
  ※玅音舎(みょうおんしゃ)
  相愛大学等で雅楽指導を行っているメンバーを中心に今回の公演のために構成された雅楽グループ。

構成・解説 

  寺内 直子(神戸大学国際文化学研究科教授)
東京芸術大学大学院修了。大阪大学より博士号(文学)。現在、神戸大学国際文化学研究科教授。専門は音楽学。日本の雅楽を歴史的視野から研究。また、沖縄音楽、アジアの民族音楽なども幅広く研究。近著に『雅楽の〈近代〉と〈現代〉〜継承・普及・創造の軌跡』(二○一○、岩波書店)、『雅楽を聴く〜響きの庭へのいざない』(二○一一、岩波書店)ほか。

司会

  南端 玲

<解説>  

◎雅楽とは
 雅楽は、日本の音楽・芸能史の中でもっとも古くから登場する種目の一つで、一三○○年以上の歴史を持っている。天皇や貴族の行事、神社や寺院の儀礼と結びついて発展してきた。
 「雅楽」という用語と音楽は、もともと古代中国の孔子(前 五五一〜四七九)によって興された儒教の礼楽思想に基づく、「正しく雅な音楽」を指す。礼楽思想とは、正しい行いと正しい音楽が相応する、という考え方で、しばしば、正しい音楽が響くと、世の中は平和に秩序正しく維持され、逆に、乱れた音楽が聞こえると世の中も乱れ、国が滅びる、と言われた。儒教の雅楽は、中国文化の影響を受けた周辺国に伝播し、今日、この形をもっともよく保存しているのが、韓国の文廟、宗廟の雅楽である。しかし、日本には、この儒教の雅楽は伝わらず、中国宮廷の宴礼の音楽であった「燕楽(えん がく)」が伝わり、これを含めた宮廷音楽全体を雅楽と呼ぶようになった。
 今日の日本の「雅楽」は、じつは、①神道系の儀式でおもに行われる、日本固有の起源を持つと考えられる歌と舞、②アジア大陸から伝来した多種類の楽器の合奏音楽と、その音楽を伴奏に異国風の仮面や豪華な装束を着けて演じられる舞楽、さらに、③九世紀後半頃に生まれた歌もの、に分けられる。①には、さらに御神楽(みかぐら)、東遊(あずまあそび)、倭舞(やまとまい)、久米舞、五節舞(ごせちのまい)、大直日歌(おおなおびうた)、誄歌(るいか)などが含まれ、②には、中国系の唐楽(とうがく)と朝鮮半島系の起源を持つ高麗楽(こまがく)が含まれる。また、③には和歌や民謡風の歌詞を歌う催馬楽(さいばら)と漢詩を朗誦する朗詠(ろうえい)がある。
 このうち、②の器楽合奏音楽と舞楽などの渡来芸能は、現在、もっとも一般の耳目に触れる機会が多く、狭義の雅楽は、この渡来系の楽舞を指す。日本の音楽・芸能のほとんどは、歌や語りを少数の楽器で伴奏する「声の芸能」であるが、その中で唐楽と高麗楽は、アジア的広がりを持つ多種類の楽器の合奏音楽として異彩を放っている。

◎楽人〜世襲的に守り伝えて来た伝統

 雅楽は、天皇家や貴族、寺社の儀礼と結びついて発展してきた。奈良時代には雅楽寮(ががくりょう/うたまいのつかさ)という公的機関によって技芸が伝承されたが、平安時代になると、京都、奈良(南都)、大坂(天王寺)に大きな楽人集団が形成され、それぞれの中で、親から子へ、技芸が世襲的に伝承されるようになった。京都方は宮中の行事、南都方は、春日大社・興福寺等の行事と宮廷の行事、天王寺方は四天王寺の行事におもに奉仕した。天王寺の楽人も、中世末からは、宮中行事に参加するようになった。楽人は、原則として家ごとに専門をすみ分けていた。たとえば、京都方には、多(おおの)氏(御神楽、和琴、右舞、笛)、安倍氏(篳篥)、豊原(豊(ぶんの))氏(笙)、大神(おおが)(山井(やまのい))氏(笛)、南都方には狛(こま)氏(上、辻、芝、奥、窪(久保)、東(ひがし)などに分家。左舞と各楽器)、大神氏(中家。さらに喜多、乾、西京、井上などに分家、右舞と笙または笛を分担)、玉手氏(南都寺侍)(藤井、後藤などに分家。打楽器、右舞)があった。天王寺方は太秦(うずまさ)氏があり、薗(笙、左舞、右舞)、林(笙、右舞)、岡(笛、左舞)、東儀(とうぎ)(篳篥、右舞、左舞)などに分かれていた。
 明治二年の東京遷都とともに、主な楽人も東京に移住し、今日の宮内庁式部職楽部(しきぶしょくがくぶ)の前身となる機関に所属し、宮中儀礼に勤仕した。東京に移住した楽人たちは、明治七年から「欧州楽」、つまり西洋音楽の伝習も命じられ、現在の宮内庁楽部の楽人も、この伝統を継ぎ、雅楽と西洋音楽の両方を諸行事で演じている。一方、楽人が転出してしまった関西では、寺社の行事で雅楽を演奏するために、わずかに残った楽人や、僧侶、神官、民間人が新たに雅楽団体を立ち上げたところがある。大阪の天王寺楽所雅亮会(てんのうじがくそがりょうかい)や、奈良の南都楽所などがそれである。

◎楽器解説(唐楽楽器)〜個性的な楽器たち
 現在、唐楽では、次のような楽器が用いられている。

【管楽器】

龍笛(りゅうてき)

長さ約四○センチの竹製の横笛。七孔。一つの音高から別の音高へのなだらかな音の移動が可能。同じ指遣いで、低い「和(ふくら)」の音と、オクターヴ高い「責(せめ)」の音を作ることができ、この技法をたくみに使い、主旋律を装飾していく。唐楽のほか、久米歌、大歌、倭歌、催馬楽、朗詠などに用いられる。

篳篥(ひちりき)

長さ約一五センチの竹製の縦笛。指孔は前面に七つ、後面に二つ。葦を平らにした舌(ダブルリード)を差し込む。艶やかで大きな音を出す。塩梅(えんばい)という微妙な音高変化が特徴的。唐楽、高麗楽のほか、誄歌を除く日本固有系の歌謡と催馬楽、朗詠に用いられる。

【弦楽器】

笙(しょう)

一七本の細い竹を、吹き口がついた匏(ほう)(頭(かしら)とも)という器に差し込んだ楽器。一五本の竹の根元に金属製の簧(した)(フリーリード)がついている。呼気または吸気で簧を振動させ、音を出す。五〜六音を同時に鳴らす合竹(あいたけ)と呼ばれる和音奏法が特徴的。唐楽のほか、催馬楽、朗詠で用いられる。日本固有系の歌舞や高麗楽には用いない。

琵琶(びわ)

四弦。四つのフレット=柱(じゅう)があり、開放絃を含め、二○の音高を作ることができる。黄楊製のバチで弾奏する。複数の絃を同時にかき鳴らすアルペジオの奏法が特徴的。唐楽の管絃と催馬楽で用いられる。

箏(こと)

緩やかにカーブした長い共鳴胴の上に絃を一三本張った楽器。柱(じ)と呼ばれる可動式のブリッジによって絃の音高を調絃する。右手の親指、食指、中指にはめた爪によって、絃をはじく。現在は、「早掻(はやがき)」、「閑掻(しずがき)」、「菅掻(すががき)」と呼ばれる決まったパターンを主に用いる。唐楽の管絃と催馬楽で用いられる。

【打楽器】

太鼓

舞楽用の鼂太鼓(だだいこ)、移動演奏用の荷(にない)太鼓、室内の管絃用の楽太鼓の三種類がある。音楽的機能はいずれも同一で、左手で打つ弱い打音「図(ずん)」と右手による強い打音「百(どう)」がある。野外の舞楽用の鼂太鼓は、左方と右方、二つ一組になっており、左方は鼓面に三つ巴文様、ふちの火炎飾りに龍の彫刻、胴の上に太陽を象徴する日形、右方は二つ巴、鳳凰、月形を持っている(下写真参照)。室内用の楽太鼓も革面に獅子などの美しい文様を描くことが多い。

鞨鼓(かっこ)

円筒形の胴の両面に革を張った小型の鼓。細く堅いバチによる鋭い単音「正(せい)」と、片手によるトレモロ「来(らい)」、または両手によるトレモロ「諸来(もろらい)」を組み合わせてリズムパターンを作る。トレモロは、はじめはゆっくりで、次第に加速する。唐楽で用いられる。

鉦鼓(しょうこ)

大鉦鼓、荷鉦鼓、釣鉦鼓の三種類がある。右手もしくは左手の単音、両手同時の打音の三種類を組み合わせた単純なリズムパターンしかない。鉦鼓は、一般的に、鞨鼓や太鼓の音にわずかに遅れて打たれる。

◎唱歌〜歌って覚える管楽器の旋律

 雅楽の稽古では、基本的に楽譜は用いず、師から弟子へ口伝えで音楽が伝承される。管楽器の習得で特に重要なのが、意味のないコトバ(音節)に旋律をつけて唱える「唱歌(しょうが)」である。唱歌のアクセント、息の切り方などに、実際に旋律を吹く上で必要な細かなニュアンスが込められている。

▼ 平調〈越殿楽〉 龍笛唱歌

◎唐楽の「調子」と「拍子」
 現在、唐楽には、壹越(いちこつ)調(基音D)、平調(ひょうぢょう)(E)、双調(そうぢょう)(G)、黄鐘(おうしき)調(A)、盤渉(ばんしき)調(B)、太食(たいしき)調(E)の六つの調子がある。壹越調、双調、太食調は「呂」と呼ばれる音階グループに属し、平調、黄鐘調、盤渉調は「律」音階に属する。理論上、呂は西洋中世のミクソリディア旋法(例:G─A─B─C─D─E─F─G)と同じ、律はドリア旋法(例:E─F#─G─A─B─C#─D)と同じであるが、唐楽の音階は、伝来から千年以上にわたる長い歴史の過程で変化し、必ずしもこの通りではない。
 拍子には、「延(のべ)拍子」(二分音符を一拍とするゆったりしたテンポのリズム)、「早拍子」(四分音符を一拍とする比較的早めのテンポのリズム)の区別があり、また、各小節の長さが均等な「楽拍子」(二分の四拍子、四分の四拍子などのリズム)と短い小節と長い小節が交互に来る「只拍子」というリズムがある。只拍子にはさらに、二+四拍=六拍子の「只拍子」と、二+三拍=五拍子の「夜多羅(やたら)(夜多良)拍子」の別がある。

◎舞楽と管絃
 唐楽と高麗楽には、舞を伴う「舞楽」と舞を伴わない器楽合奏の「管絃」の二つの上演スタイルがある。両者の違いは舞の有無だけでなく、音楽にもある。舞楽では絃楽器は用いず、テンポが速く、ダイナミックなアクセントをつけるのに対し、管絃には絃楽器があり、ゆっくりしたテンポで、繊細な表現にこだわるなどの違いがある。

楽器編成の違い
唐楽(舞楽)  龍笛  篳篥 笙 ×  × 鞨鼓 鼂太鼓 鉦鼓
唐楽(管絃)  龍笛  篳篥 笙 琵琶 箏 鞨鼓 楽太鼓 鉦鼓
高麗楽(舞楽) 高麗笛 篳篥 × ×  × 三鼓 鼂太鼓 鉦鼓 
 (現在、高麗楽は管絃では演奏されない)

<演奏曲目>
◎舞楽と管絃
 唐楽と高麗楽には、舞を伴う「舞楽」と舞を伴わない器楽合奏の「管絃」の二つの上演スタイルがある。両者の違いは舞の有無だけでなく、音楽にもある。舞楽では絃楽器は用いず、テンポが速く、ダイナミックなアクセントをつけるのに対し、管絃には絃楽器があり、ゆっくりしたテンポで、繊細な表現にこだわるなどの違いがある。

楽器編成の違い
唐楽(舞楽)  龍笛  篳篥 笙 ×  × 鞨鼓 鼂太鼓 鉦鼓
唐楽(管絃)  龍笛  篳篥 笙 琵琶 箏 鞨鼓 楽太鼓 鉦鼓
高麗楽(舞楽) 高麗笛 篳篥 × ×  × 三鼓 鼂太鼓 鉦鼓 
 (現在、高麗楽は管絃では演奏されない)

<演奏曲目>
◎楽曲解説
平調〈音取(ねとり)〉(管絃)
 楽曲が始まる前に、その調子の雰囲気を作るために、主な楽器の主奏者が短いフレーズを合奏する。六調子にそれぞれ固有の〈音取〉がある。
平調〈越天楽(えてんらく) 残楽三返(のこりがくさんべん)〉(管絃)
 〈越天楽〉(平調)は唐楽でもっともよく聞かれる楽曲である。管絃のみで演奏され、舞はない。民謡の〈黒田節〉、箏曲の〈富貴(菜蕗)〉などと通じる親しみやすい旋律でできている。楽譜では三行で表せる比較的短い楽曲。各行をABCとした場合、もっとも一般的な演奏法は、AABBCCと演奏した後、冒頭に戻りもう一回AABBを繰り返す方法。このコンサートでは、さらにもう一回繰り返しながら(AABBCC/AABBCC/AABB)、各楽器が次第に合奏から抜けて行く「残楽三返」という演出で演奏する。琵琶と箏が最後まで演奏する。この演出は、平安時代に絃楽器を好んだ身分の高い貴族たちに演奏の見せ場を与えるために創案されたと言われる。
太食調〈音取〉
 太食調の楽曲に先立って演奏される〈音取〉。
太食調〈合歓塩(がっかえん)(太平楽急(たいへいらくのきゅう))〉(舞楽吹)
 〈太平楽〉は「道行(朝小子(ちょうこし))」「破(武昌楽(ぶしょうらく))」「急(合歓塩)」の三楽章から成る長大な楽曲。舞楽の場合は、甲冑をつけ太刀を佩く武人の出で立ちの装束を着け、荘重に舞われる。〈合歓塩〉は〈太平楽〉最後の楽章「急」の別名で、舞楽でも管絃でも演奏される。このコンサートでは舞楽吹で演奏する。
太食調〈抜頭(ばとう)音取〉
 〈抜頭〉の前奏のみに用いられる専用の〈音取〉。
太食調〈抜頭〉(舞楽吹、夜多羅拍子)
 〈抜頭〉は舞楽でも管絃でも演奏される。舞楽の場合、長い髪のついた赤い面を着け、豪華な刺繍のある裲襠(りょうとう)装束という装束をつける。舞人は手にバチを持ち、闊達に舞う。南都系の伝承では早只拍子(六拍子)、天王寺系の伝承では夜多羅拍子(五拍子)を用いる。このコンサートでは、夜多羅拍子のリズムで演奏する。

京都御所、小御所の人形(箏)京都御所、小御所の人形(琵琶)

<現代の雅楽>
◎雅楽のある行事
 雅楽は、近年、コンサートホールでしばしば催される演奏会や、CD、ビデオ、DVDなどでも手軽に楽しめる音楽・芸能になりつつある。CDは一つ一つの楽器の音が明確に聞こえるクリアな音響のものも多く、じっくり繰り返し聴くには適したメディアである。
 一方で、伝統的な儀式における雅楽の伝承も保たれている。儀式の進行を管絃曲で伴奏したり、神仏への捧げものとして舞楽を演じたりする。これらは、野外で行われることが多く、したがって、まわりの雑踏、人の声、風の音、森のざわめきなど、さまざまな環境音が聞こえてくる。しかし、これらの音も含め、祭り全体を楽しむのも雅楽の味わい方の一つである。関西は、歴史の古い大寺社が多く、雅楽を用いる盛大な祭りが伝承されている。
 毎年、一二月一六日の深夜から一八日にかけて行われる奈良の春日若宮おん祭りは、若宮の神をお旅所(たびしょ)に迎え、東遊、倭舞、舞楽、巫女舞、猿楽、田楽(でんがく)など多種多様な芸能が繰り広げられる一大ページェントである。冬の夜空に舞い上がるかがり火の炎に照らされる歌舞は、昼間の雅楽とひと味違う装いを呈している。雅楽は、南都楽所によって演じられている。

 一方、四月二二日に大阪の四天王寺で行われる聖霊会は、寺の創建に関わった聖徳太子の命日の法要である。平安時代に盛んに行われた寺院の「舞楽四箇法要(ぶがくしかほうよう)」の名残をとどめる壮麗な舞楽会(ぶがくえ)である。僧侶が唄(ばい)、散華(さんげ)、梵音(ぼんのん)、錫杖(しゃくじょう)という四箇の声明を唱える合間合間に、初夏の日差しを浴びながら、舞楽の数々が石舞台の上で華やかに演じられる。雅楽は天王寺楽所雅亮会によって演じられている。

春日若宮おん祭り 御旅所の鼂太鼓(右方)雅亮会の楽人


より詳しく雅楽をお知りになりたい方のために

 構成と解説をお願いしました寺内直子先生の『雅楽を聴く ─響きの庭への誘い』(岩波新書・価格756円)が2011年3月に出版されました。
 雅楽と場所に注目して雅楽が鳴り響く「京都・御所」、「奈良・春日若宮」「大阪・四天王寺」「東京・宮内庁楽部」「東京・国立劇場」の五か所を訪ね、雅楽の魅力と未来を探る構成となっています。